PEM燃料電池の制御高度化を支えるリアルタイムガス分析―内部状態推定とモデル開発へのアプローチ

PEM(固体高分子形)燃料電池の研究開発では、高効率化や耐久性向上に加え、運転状態に応じた制御の高度化が進められています。

PEM燃料電池では、アノード側に水素、カソード側に空気が供給されますが、負荷や運転条件によって内部のガス組成や水分状態は変化します。こうした内部状態を把握することは、燃料供給や水管理、劣化抑制などを考えるうえで重要です。

一方、燃料電池内部の状態をすべて直接測定することは容易ではありません。そこで研究が進められているのが、測定可能なデータと燃料電池モデルを組み合わせ、直接測定できない状態を推定する技術です。

直接測れない状態をモデルから推定する

こうした状態推定に用いられる手法の一つが「オブザーバ」です。

オブザーバは、電圧、電流、圧力、温度、流量などの測定値と数理モデル、推定アルゴリズムを組み合わせ、直接測定していないガス濃度などの内部状態を推定します。こうした技術は、オンライン診断やモデルベース制御への応用につながる技術として研究されています。

ただし、状態推定を実機に適用するには、モデルやオブザーバによる推定結果が、実際の燃料電池の挙動をどこまで再現できているかを確認する必要があります。

状態推定を「実測」で検証する

その一例として、ウィーン工科大学(TU Wien)では、30 kWのPEM燃料電池システム試験設備を用いて、実験計画(DOE)、非線形モデル同定、濃度オブザーバの構築、実測データによる検証までを一連のプロセスとして研究しています。

2023年にIEEE Accessで発表された研究では、拡張カルマンフィルタをベースとしたオブザーバを用い、動的な運転条件における濃度推定を、質量分析計による実測値と比較して検証しています。

この研究では、V&F社の燃料電池試験用リアルタイムガス質量分析計 PEMSense によるガス濃度の実測データが、燃料電池モデルや状態推定の検証に活用されています。PEMSenseはアノード側・カソード側のガスをサンプリングできる構成となっており、本研究ではアノード側のH2(水素)、N2(窒素)、水蒸気を連続的に測定しています。

負荷変動やパージなどに伴うガス濃度の変化を連続的に捉えることで、モデルやオブザーバによる推定結果を、実際の動的なガス挙動と比較できます。本研究で使用されたPEMSenseについては、連続サンプリングによる2秒未満の応答時間が示されています。

実際に、アノード出口のH2、N2、水蒸気の実測値は、モデルのパラメータ同定や状態推定の検証に使用されています。オブザーバの検証では、これらの実測値を推定アルゴリズムへの入力には使用せず、推定結果を評価するためのリファレンスとしています。

リアルタイムガス分析をモデル・制御開発へ

こうした研究から見えてくるのは、ガス分析の用途が単なる組成測定にとどまらず、モデルや状態推定技術を開発・検証するためのデータ取得へと広がっていることです。「実測 → モデル構築・同定 → 状態推定 → 制御・診断」という開発プロセスにおいて、運転条件の変化に伴うガス組成をリアルタイムに捉えることは、モデルや推定結果の妥当性を確認するための有効な手段となります。

PEM燃料電池の制御・診断技術が高度化するなか、リアルタイムガス分析は、内部状態をより深く理解するだけでなく、その状態をモデルから推定し、制御へつなげるための研究開発を支える計測技術としても活用されています。


参考文献

Concentration Estimation for Fuel Cells: Design of Experiments, Nonlinear Identification, and Observer Design With Experimental Validation

Zhang Peng Du, Christoph Steindl, Stefan Jakubek, Christoph Hametner
IEEE Access 2023, 11, 10453–10470
Published: 31 January 2023
DOI: 10.1109/ACCESS.2023.3241227