FCEVの水素品質をどう守る?―高圧水素タンクの潤滑剤評価とISO 14687

燃料電池車(FCEV)をはじめ、水素をエネルギーとして利用する技術の実用化が進むなか、「水素の品質」は重要なテーマのひとつです。燃料電池に供給される水素には高い純度が求められます。なかでもPEM(固体高分子形)燃料電池は、一酸化炭素(CO)、アンモニア(NH3)、硫黄化合物などの微量な不純物によって、性能や耐久性に影響を受ける可能性があります。

2026年6月、学術誌 Hydrogen に、高圧水素タンクで使用される潤滑剤が水素品質に与える影響を評価した研究が発表されました。この研究の水素中不純物分析には、V&F社のリアルタイム複合ガス質量分析計 ComboSenseが使用されています。

見落とされやすい「車両内部からの水素汚染」

水素の品質管理というと、製造、精製、圧縮、輸送、水素ステーションといった供給側のプロセスがまず思い浮かびます。しかし今回の研究が着目したのは、その先にある車両内部での汚染リスクです。

高圧水素タンクやその周辺には、バルブや継手などがあり、シール性や機械的機能を維持するために潤滑剤やグリースが使用されます。これらは高圧の水素に直接さらされるため、潤滑剤から何らかの物質が放出されれば、水素そのものを汚染する可能性があります。

水素が供給時点では規格を満たしていても、車載システム内部の材料によって品質が変化する可能性がある――。水素利用の拡大を考えるうえで、こうした「材料由来の微量汚染」も品質管理の対象として重要になってきます。

700 barの高圧水素タンクで潤滑剤を評価

本研究では、高圧水素タンクに使用する潤滑剤について、短時間で候補を絞り込むプレ・スクリーニングと、より実使用に近い条件で確認するフル・クオリフィケーションという段階的な評価方法が検討されました。

試験には76 LのType IVタンクが使用され、SAE J2601に沿った自動車用水素充填条件で、最終的に約742 barまで加圧されています。評価項目は大きく以下の3つです。

  • 潤滑剤の外観・重量変化
  • 水素ガス中の不純物
  • 粒子状物質

なかでも水素ガスの分析は、燃料電池車向け水素品質を規定するISO 14687:2025 Grade Dに沿って実施されました。

水素品質を支える微量不純物分析

このガス分析で使用された装置のひとつが、V&F社のComboSenseです。IMR-MS(イオン分子反応質量分析)とEI-MS(電子衝撃質量分析)を1台に組み合わせたシステムです。

今回の研究では、FTIRとComboSenseを併用してType IVタンクから取り出した水素ガスをリアルタイムで測定。ISO 14687:2025 Grade Dで規定される不純物について、潤滑剤を水素に曝露する前後の変化が調べられました。

高純度水素の評価では、主成分である水素を測ることよりも、「その中にごくわずかに存在する不純物を捉えること」が重要になります。そのため、さまざまなガス成分を高感度かつ選択的に測定できる質量分析技術は、水素品質評価において重要な役割を担います。

「シリコーン系だから大丈夫」とは限らない

この研究では、潤滑剤の適合性は、材料の種類だけでは判断できないことも示されました。

24時間のプレ・スクリーニングでは3種類の潤滑剤を評価。同じシリコーン系でも、一方は「潜在的に適合」、もう一方は外観上の変化などから「不適合」と判定されました。さらに、PFPE系グリースを用いた23日間の評価では、外観、水素ガス品質、粒子状物質のすべての基準を満たしました。

こうした結果から、潤滑剤は材料分類だけで判断せず、個々の製品を実際の使用条件に近い環境で評価することが重要とされています。

水素利用の拡大で高まる品質管理の重要性

水素利用の拡大に伴い、製造から貯蔵、供給、燃料電池に至るまで、必要な水素品質を維持することがますます重要になります。今回の研究は、水素そのものだけでなく、水素と接触する潤滑剤などの周辺材料も品質に影響を与える可能性があることを示しています。

こうした高純度水素中の微量不純物や材料由来のガス成分の評価において、IMR-MSとEI-MSを搭載したV&F社の ComboSenseは、水素・燃料電池分野の品質管理や研究開発への活用が期待されます。


今回紹介した論文

Qualification and Pre-Screening of Lubricants for Use in High-Pressure Hydrogen Tanks: Ensuring ISO 14687 Grade D Purity Within Fuel Cell Drive Trains

Lea A. Brandner et al.
Hydrogen 2026, 7(2), 83
Published: 16 June 2026
DOI: 10.3390/hydrogen7020083